このたび札幌の協力病院が6月いっぱいを持ちまして閉院することになりました。

院長始め助産師12名の皆さん・看護師・事務方の皆さん・賄いのおばさん達と前会からのお付き合いなので14年近くになります。その連絡は突然で、いつもの院長からのFAXでした。

そんな・・・まさか・・唖然として、悲しくて悲しくて・・・・😢

以前、前師長から「院長は70歳になったら辞めると言ってるのよ」とは聞いていましたが全然院長は変わらないし背が高くて元気だし年にも見えないので嘘だ!と思っていました。

ですから事実だと聞いてもうショックで・・・

 

こんな状況でも院長からここにきて2人の妊娠相談を頂き、5月に2人の赤ちゃんが無事に誕生し新しい家族のもとに巣立ちました。

おまけに厚かましくも私は「院長はここで引退しても一緒に私は引退できないので次のつながる病院を紹介して欲しい」とお願いしたらすでに隣の区の産婦人科クリニックに打診して下さり「快諾してくれたから次に来た時に挨拶に行くといいよ」と言われて早速ご挨拶に行きました。素敵な配慮をして下さる医師なんです。

あいにく院長は手術に入り、代わりの方に話して来ました。

まぁ、どう説明しても1人体験しないとこれはいくら重要な資料を渡しても無理な話だと思います。

でも本当に良かった。

北海道で相談が入っても移動できなければそこで生むしかないので頼れる病院があるのは助かります。

「今度の病院は院長が若いから・・・」と院長は言いましたがHPを見たら本当に若い。

院長だって45歳でこの病院をスタートしたのですから、そして私と出会い当時、養子縁組の経験がないのに全く怖がりもせず嫌がりもせず「協力するよ」とここまで来ました。

 

毎回のように特定妊婦ばかりでも嫌な顔も1回もせず診察代も持っていなくても「とにかくくればいい」と言ってくれた先生です。

一番ギリギリで危なかったのは稚内からの相談で一度も病院に行ってないしいつ生まれてもいい状態だというけど稚内てどこ?

病院は1つしかなく以前そこで産んで嫌な事があり絶対に行きたくないというし、母子手帳もなくどうしたらいいだろうと悩みましたがとにかくすぐに飛んで実母と面会し母子手帳を取りに行き、そのまま札幌まで行くしかないと決断しました。それも1日で終わらせないといけないと思いました。

危険は承知ですが本人がてこでも地元では嫌だというのでもう札幌しか頼めないと賭けに出ました。

院長はいつものように「すぐに連れておいで」と言ってくれて飛行機にのれたらすぐに行けたのに万一、機内で生まれたら大変ですから仕方なしに特急で5時間かけてドキドキしながら移動しました。

一番早くても母子手帳をもらってからならば夕方の電車しかなく、夜10時に札幌について知り合いの家に泊めてもらい翌朝一番で病院に向かいました。

診察後「よく我慢したね。苦しかっただろうと思うよ。午後には生まれるから」と言われました。

ギリギリセーフ!!

本来、こういう場合、病院からはお叱りを受けるべきでしょうがこういう事も実際あるのです。

だから「もうやるしかない!」と決断しこんな時は「賭け」となりますががけっぷちの所に来たらやるしかないのです。結果は何とか今までは私の勝ちです。叱られるのは十分承知の助!やるしかない!魂です。

神様や子供たちが守ってくれているのでしょう。

 

この院長・・・あったかい院長なんです。今の師長は院長が好きで・・・いい意味で、院長がこの病院を開設する時に前病院から一緒に着いて来たそうですから。退職された前師長ともいいコンビでした。

私はこの病院では本当に沢山のお慈悲を頂きました。病院あげて私のやるベビー救済に協力してくれました。

こんな病院はどこにもありません。

ここまで個人病院が危険を犯してまで協力して下さるなんてなかなかないと思うと本当にぽけっとの多くの家族と実親を救済して下さいました。

また北海道・九州は出産費用が関東よりずっと安くてありがたいです。

ぽけっとの親の場合は「つけでいいよ」と最後の出産費用まで待ってくれました。

だから妊婦の実母たちも安心して診察に行けたののです。

院長も助産師たちも一度も叱ったりしなかったそうです。

実親たちは急遽、病院を変えて「この病院に来て良かった」と言ってくれます。

そうして病院あげて守ってくれて無事に退院し皆さんのお宅に行く訳です。感謝しかないですよね。

 

この冬、−17度の時の退院の時もスタッフと寒い寒いと言いながら迎えに行き、院長も助産師たちもみんな中では半そででした。

この違い。妊婦の言い分を聞いてくれて費用も安い、診察代も後払い・・・こんな病院はなかなかないです。

また、迷惑をかけた実親も実際いましたが何も言わず「幸せに」と送り出してくれました。

この病院ではうぶ声の入ったチップを下さいます。

あれは感動ものです。告知にも使えますよね。今後二度と出来ませんからもらった方は大事にして下さい。

「あれは産声を取るスタッフと写真を撮る看護師と取り上げる院長と看護師と最低5人はいないとダメなので大変!」と話していました。その生まれる瞬間を撮るので苦労します。納得!

 

だいぶ昔の話ですがある未成年者の妊娠が分かり、親とこの病院に来て「事故によるものなので中絶してほしい」と懇願され「時期が過ぎていて無理なんだよ」と言っても聞かず母親は泣きながら何度も何度も頭を下げて土下座して懇願したそうです。院長も泣いて説得したと師長は話してくれました。

当時その話を聞いて私は感動しました。いい病院を見つけたものだと。これからお世話になるんだと力が入ったのを覚えています。

また実母もこの病院で生まれたケースもいくつもありました。親子二代に渡り院長にお世話になったと言うことです。ご縁ですね。

 

札幌にとどまらず随分遠方からも診察に来ました。高速バスで来て札幌で乗り換えてと・・・「何とか無事に元気な子を産もう」とみんな出産まで必死なんですよ。

 

10年以上のおつきあいでも毎回、なかなか落ち着いて院長たちと話せずそれでも特別養子縁組を理解して長年に渡り協力して下さいました。

次回は「退職した師長も呼んで一緒に飲みましょう(私は飲めないけど)と言ったら連絡先を書いてくれました。

「辞めたら携帯ONにしておくから」と。師長も院長もお酒は強そうです。

この病院に訪問された家族にはそれが十分伝わると思います。

間に合えば6月の閉院までに病院宛にここでお世話になった子供と家族写真を作り、メッセージをつけて贈る予定です。

まだの人は至急事務局まで送って下さい。

院長のこれからの人生の中にぽけっとの家族がいつまでも残ると思います。

私はこれから寂しくなりますが次があるので・・・

「辞めても何をするかは決めていないんだ。他の産科から来てくれの話もあちこちからあるので次の病院でマザーさんと会うかもな」と言ってました。産科医は少ないですからねいいアルバイトになるのでは?

ゴルフの好きな医師なのでゴルフ三昧かな・・・本当に優しいいい院長先生でした。山盛りの感謝を送ります。

 

ここから沢山のベビーが巣立って行きました。

春夏秋冬・・・なんどこの病院を訪れたことか・・・

心から感謝致します。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この連休中にも北の大地で赤ちゃんが誕生し連休明けは大忙しで何度も札幌に向かいました。

次は新しく連携する病院から第1号が誕生するのを待ちたいです!

師長さんが低体重の子用にと。小さいので下着がはだけないようにとベルトを作ってプレゼントしているそうです。最後の記念にと頂きました。こういう配慮のある病院でした。いっぱい助けて頂き一この御恩は一生忘れません。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茨城空港から千歳空港まで1時間15分

スカイマークはタイガースとコラボしているそうです。

 

 

北海道・茨城の地名入りチョコ