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再会・・・・叶うんです!

昨夜、うちに来客がありました。

玄関に出てみると若い男性が立っており「昔お世話になったものです!」と言いましたが覚えがない。

「いつですか?お名前は?」と聞くと「子供の頃に・・・・○○○です!」

「うそっ〜〜〜〜○○○?、よく訪ねてくれたね。お母さんに似てる!上がって」と興奮しました。

母にも「○○○だよ、大きくなって・・・訪ねてくれたんだって」と言うと母も驚き、もう話が次から次へと、鉄砲玉のように私が質問責めにしました。

なんと、私が以前、生後半年で日本に住むアジアと日本のハーフの男の子をお世話したあの子です。

3年半面倒を見たのがきっかけで里親登録・養子縁組・団体立ち上げとなったきっかけを作ってくれた子でした。

 

もう感激で、「テレビでよくあなたに合いたいみたいなのでいつか○○○が訪ねてくれないかなぁ〜と話していたんだよ」と言いました。

彼は今年24歳になるそうです。

保育園の年中の時に母親が日本人と結婚すると言うことで北陸地方に引っ越して行きそのまま別れてしまい風の便りで下に妹が生まれて千葉県にその後引っ越して来たようだと聞いていました。

頭のいい子で記憶力が良く、当時、私達家族や知人は出来るだけ可愛がり、子供のいない我が家では「この子を養子に迎えようか」とまで母と話していました。

旦那は反対で「実母は日本で子供だけが生きがいに生きているんだから引き離してはあかん」と言われて諦めたのと実母が私に取られると思い、子供に当たるようになりこれ以上は無理だと手放しました。

でも日本で生まれて名前も顔も日本人なのに国籍が違う事で将来きっと苦労するだろうと思いました。

新しい父親になる人に「なるべく早く日本国籍を取ってあげて欲しい」と頼みましたがその後、いろいろ問題が出て来て2年ぐらいで家族全員でその地を離れて知人を頼りに千葉県にまた引っ越して来たそうです。

 

やはり気の強い実母は短気を起こしこの子にもあたり散らしたり毎日夫婦喧嘩が絶えず入籍もしないままで妹と母親とこの子と3人でまた茨城に越して来たそうです。

小学校は千葉県で通ったそうですがいじめに合いそのいじめは引っ越して来た茨城県の中学まで続き最後は切れて学校の裏で1対6でこてんぱんにしてやっつけたそうです。

勉強しないでも出来る事と日本国籍でないがゆえのいじめで壮絶だったそうです。

体の大きな子だったので自分には力がある事は十分理解しており手を出したらどうなるか分かっているから我慢していたそうです。

それからいじっめ子達は彼を怖がり今度は彼がボスになり暴れ回ったそうです。

原因は親の喧嘩を目のあたりにすること、親がスナックで働くこと、そして日本国籍でない事で受ける差別だったそうです。

笑いながら話すそのはにかんだ顔は子供の頃を思い出し、大きな体格でお人よしも母親ゆづりで若いせいか騙されて沢山傷ついて。

実母はその後新しい男性が出来てまた下に妹が生まれてその男性と一緒に住むのが嫌で家を出て更に荒れたそうです。

 

高校は退学したと言ってましたが勉強は好きでしなくても5教科で400点以上を取るのでまたそこでもいじめにあったそうです。

遊んでいてつまらない高校に入り面白くないので退学したようです。

「絵に描いたような悪な人生だな」と私が言うと笑っていました。

「一番辛い時期はいつだった?」と聞くと「福島に原発関係の仕事で行き、会社がブラック企業だったので騙されて多額の借金を作りそれで変なのが家に来る事かな。でも福島で人に騙されて車の事故も起こし借金して地獄を見たので今の方がまだ幸せ」と言い切りました。

「若いのに随分苦労したね。うちにいたら国籍を日本に変えて好きな学校に行かせて私の自慢の息子だったかな?」と言いました。

当時の実母と私の確執も話してみました。

「そうだったんだ」と笑って・・・「俺、仕事で通っていた保育園の近くに来て昔住んでいた事を思い出し車で通ってみて思い出して多分、昔、この家に絶対にいたと思ったけどあるものがなく少し変わっていて、でも家を見たらここだと思って思い切って尋ねました。引っ越した後に俺に毛布とクマのぬいぐるみを贈ってくれましたよね?一人で寂しい時にいつも抱いて寝てました。あの茶色の毛布もありがとうございました」と使ってくれたことにまたウルウルしてしまいました。

 

「○○○がいなくなり寂しくてうちも子供を何とかしなくてはとあんたがきっかけを作ってくれてこういう活動を立ち上げたんだよ」と今、いる赤ちゃんを抱かせました。

「可愛いなぁ」、慣れている。まさかと思いきややっぱり。18歳の時に同じ戦争難民のハーフの子との間に女の子が生まれてその後別れたそうです。

福島から傷ついて帰り今は新しい日本人の子と知り合い同棲しているそうです。

隣の部屋に彼女の母親と妹がいて喧嘩すると親にちくりに行くのがなぁ・・・と言ってました。

でも自分の事を理解してくれているのでそれは嬉しいそうです。

 

私がいつも言う話で「育てる環境がないのに親になっては駄目。今は生活を安定させて借金を少しづつ返してまだ若いんだからいつでも子供は持てるよ。そして自分に余裕がないのに人を助けるのも駄目、○○○のお母さんもいつもそうだった。そして自分が困りあんたに当たっていたよね。自分が救われていないのに他人なんて救えないんだよ。まずは自分の事をしっかりやろう。地に足をつけて真面目に生きて行って。必ず救われるから。私たちも応援するよ」と言いました。

どうしても日本国籍を取りたくて自分で調べてやってみたけど小さいうちならまだ良かったけど予想以上に大変で、成人してしまったのでもう諦めて永住権が取れるまで待つ方が早いと考えたそうです。

「アジア国籍であろうと生まれたのが日本で親も片方が日本人だし○○○はれっきとした日本人だよ。名前も日本人の名前を付けてもらって字も読み書き出来るし頭もいい。気にすることはない」と言いました。

日本国籍がない子が日本で住む難しさを目の当たりにしてその子の人生も見せつけられ・・・何とか出来ないだろうかと思いました。そう、あの時もそう思って動いていました。

「母親は何にも考えていないから」とぽつんと・・・自分の事は自分で何とかしようと覚悟しているようです。

 

それから子供の頃の思い出話が次々に出て来て玄関も覚えているし部屋も思い出した。

のれんもあったよね前から。物置がなくなっていたので驚いたとか5月のお節句の」兜があったのも覚えていて「あれはもうないよ。まさかあんたが戻るとは思っていなかったからあげちゃった」というと少し寂しそうでした。

俺は「ママちゃんと呼んでたよね?と言うのでそれも覚えているの。嬉しいな。」、「お母さんは産みの親だからねお母さんと呼んで私は産んでないので「継母(ママ母)でママちゃん」がいいかと思って呼ばせていたよ。それもお母さんは嫌だったのかも知れない。

 

本当にうちにいた3年半が蘇り次々質問して来るので「本当に素晴らしい記憶力だ。辞めたままにしないでいつでもいいから通信で取りなさい。勉強が嫌いじゃないしやりたいんでしょうから」と言いました。

耳に2つピアスして指に神風の字のタトゥ−入れて今の子だから仕方ない。

お酒は飲まないけどタバコは吸う、子供は好きで妹の面倒も見る。仕事も好きだし健康体。

23歳には見えない落ち着きがある。

何度も父親が変わり住まいも変わった。親の喧嘩を見せつけられて転々と住まいが変わる。

中学生の頃には警察沙汰にもなったそうです。荒れて子供だから補導されたかな。

娘が黙って私とのやり取りを聞いていて「私のお兄ちゃんだね」と言いました。

「○○○を養子にしたらあんたはいなかったよここには。2人は無理だもの」と言いました。

「いい娘さんですね?優しくて・・・」と○○○に言われて「そう?喧嘩もするよ。手は上げないけど。言いたい放題私にも言うよ。親子だから喧嘩しても明日は忘れてしまうけどね。養子だと言う事は小さい時に話して理解している」と言いました。

 

娘が後で「塾でバイトして講師をしていたって言ってたよ」と後で言いましした。

やっぱり勉強したいんだなぁ。もったいない!

 

2時間ほどでしたが遠慮してご飯を食べて行けばというのを帰るというので少し多めに小遣いを上げました。

「これからはいつでもいいからおいでよ。心配ごとがあったら相談していいんだよ。お金は貸せないけどないから。それ以外なら何とかなるから・・・」。

この子の養育が出来たことでベビー救済をしようと思い、団体を立ち上げて今に至ること、取材のDVDをいっぱい持たせて帰しました。実母も私が出た放送を見たらしい事を言ってたそうです。

きっといつか実母と妹も連れて来ると思います。

 

20年以上も音信不通でありながら記憶をたどりながら会いに来てくれた事・・・養子ではないけどもう私のもう一人の息子みたいな感じです。何とか幸せにしてやりたい。

なぜに今ここにこのタイミングにこの子は私の前に現れたのだろう?

どうして神様はこの子を現したのだろう?何を私は悟り今後に生かせばいいのかしら???と毎日考えています。

産みの親より育ての親・・・よく言ったものだ。

真実告知の重要性、今回の出来事で痛感しました。

そして子供は恩を感じたならばたとえ時間が経過しようとこうして黙っていても探すものだ・・・と強く感じました。

だから真実告知を必ずしないといけないんです!!

なぜに自分が身を持って今回経験させられたのか???

しかし分かるのは生後半年のこの子との出会いから私の人生が大きく変わって行った事は間違いないでしょう。

私は○○○は熱を出すと39度とかになるよね?保険証がなくて市役所に行き掛け合ったけど全然駄目で診察代1万、薬1日分で1万、保険証がないと熱出してもあんたのお母さんじゃぁ何回も病院に行けなくて心配したものよ。子供の病気はお金なんて言ってられないけど保険証のない辛さをしみじみ感じたわ」と話すと「そうそう、今でも40度とか熱出すよ」と。

扁桃腺持ちだと思うから子供の時に切ってしまった方が熱は出なくなるんだよと言いました。

確認しておきたい事があり「保険証はあるの?通帳は持ってる?」と聞くと「あります。でも日本人じゃないから銀行でお金を借りられないんだ」と言いました。

それ以外は何とかなるのか。やはり永住権を取るしかないのね。頑張れ!!

 

この子は今は建設関係の会社で働いており若いからおじさんたちとはあまり話をしないようですが「仕事が出来る人間になるんだよ」と言いました。喧嘩しない・嘘つかない・礼儀を正すことを伝えました。

「俺、これでも現場を4つも任されているんです」と言うので外構・・・塀やブロック関係の仕事をしていると言うので「あら、うちの塀を新しくする予定だからあんたやる?」「やらせてもらえますか?」「安くしてね」と交渉成立。笑

期日を言われたら出来ないかもしれないけど時間がかかってもいいなら俺がやると言ってます。

「これも何かのご縁だから○○○の腕を見せてもらおうじゃないの」と言うと「本当ですか!頑張ります!」

何だか敬語で話すので少し寂しいですが、「当たり前でしょうよ」と娘が言ってます。

 

子供が育つ環境は子供の人生を大きく変えてしまいます。

生まれて来てどんな環境で誰が育てて行くべきでしょうか。それによって子供はしないでいい苦労をしたり苦しむ毎日を送る事にもなる。立ち直れる力があればいいですが誰も手を貸してくれない、話をきいてくれない、人間が誰かに頼りにされる事が一番生き甲斐になるそうですがいつも誰かが見守ってくれることは凄く大事な事だなぁと思います。

「子供はみんな平等に幸せになれる権利がある」のに・・・

 

今回の再会は本当に嬉しいです。こんな事が本当に現実に起こるんですよ皆さんにもいつか・・・きっと・・・

 

落ち着いたら社長さんにご挨拶に行こうかと考えています。育ての親として・・・なんちゃって。でも実母はそういう親ではないから代わってそれくらいしないとこの子の為だから。

 

上野のパンダしゃんしゃん

赤ちゃんは何でも可愛いです!

 


 

| - | 18:35 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
マザーさん
日々のベビー救済活動、
誠にありがとうございます。

素敵なお話を聞かせて頂きました。
自分がゆぅちゃんのご縁前に事務局にお邪魔した時、
マザーさんからこの若者のお話を
伺ったことがありました。
女の子かと勘違いしていましたが、
男の子だったのですね。
この子との出会いと別れが無かったら、
今のベビーぽけっとは無かったでしょう。
まさしくベビーぽけっとの長男。
むぅちゃんのお兄さんといえるような方ですね。

今回も非常に考えさせられました。
悲しいお別れがあっても、
いつかまた会えるかも知れない。
そう思えることは幸せなんだと思います。

今、男の子を実親さんから託され
子育てさせて頂いてる中で、
子育ての一番の目的は、
自立して生きていく力を与えてることだと
シンプルに捉えるようになりました。
その力をつける為に必要なのは、
沢山の愛情以外にはありませんね。

どのような過酷な生い立ちであったとしても、
人生を自分以外の何かのせいにしても
先には進むことはできないもの。
人生にはいくつもの選択があり、
それを最終的に決めるのは自分自身。
この若者が最後に道を踏み外すことなく、
こうしてマザーさんの前に現れたのは、
幼少時代にマザーさんに愛情深く育てて貰ったという
心の柱があるからに他なりません。
とっても苦労したことに心が痛みましたが、
強い若者になってくれたのですね。

まだまだ若いですから、
しっかりと地に足をつけて本当の実力をつけ、
大切な人を愛し守れる優しい男の人になって欲しいです。
心から応援したいものです。
素敵なお話、ありがとうございました。
| yutapa&yutama | 2018/02/22 7:49 PM |









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