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ベビー救済★NPO Babyぽけっとのスタッフが発信するニュースと何でも日記です♪
お盆・子盆・・・えらいこっちゃ

3800g     2540g     3334g 僕たちboysです!

 

 


 

今年のお盆。

7月の長野善光寺参拝が効いたのか・・・ジュノが呼んだのか、水子地蔵尊が呼んだのか、来るは来るは子供たちが。

数か月前に相談してそのまま立ち消えの案件までまとまり、今まで少し緩めの月が続き、母子寮の解体や工事なども入り違う忙しさがありましたがこちらはお盆の月という事もあり迷える子供たちはBPにやって来てくれました。

前にもいましたがこれからもまだ続きます。

 

ジュノのお施餓鬼供養も旦那が滞りなく済ませてくれたそうです。

しかしこの8月は怖いです!

そしてどの子も大きい、3800g・3334g・3050g・本日は3600gの女児も誕生しました。

産んでくれた実母さんには感謝ですね。

 

1日に3人はきつい、スタッフも新盆があり仕事もあり用事もありでこの時期みんなあてにしていた子守も実家に帰っておりで結局、みんな誰にも手配がつかず2日だけ3人みました。

3800gのジャンボが甘えん坊で昼間寝ない、抱っこをせがむ。

そしてミルクをがぶがぶ飲む。たんまりうん○してまた泣く。抱っこ大好きboyで養親さん後はよろしく。

寝不足で疲れてます。それでも抱けと重いのが泣きます。

娘も塾の合間にベビーシッターしてくれています。

お風呂は一人で3人入れてくれます。可愛いシンボルいっぱい見られて・・・顔ルルちゃんgg

本日、スタッフが連れて行きました。泣いてるそうです。やっぱり・・・

| - | 18:59 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
魂はここにある!

暑中お見舞い申し上げます。

毎年暑い夏ですが今年もまた厳しい毎日が続いております。

それなのに毎日、毎日大工さん達職人さんは8時にはやって来て作業をして下さっております。

本当に早い、電機やさんが「大工の作業が早いからおちおちしていると越さて怒られるから」と大工さんのお休みに来て作業して行きました。

外装はほぼほぼ終わったようです。

天窓を入れたので明るい、でも金額を聞かずにいれたのでいくらかかっているかが気になります。以外と高いんだよと知人に言われて思い付きで言ってしまって・・・

 

ところで7月に長野県で東北ブロックの交流会があり参加させて頂きました。

コヒーとミルクさんの奥様が夜なべして作り上げた手作りの御神輿が本当に愛情がこもり暖かい御神輿でした。

それを子供達がハッピを着て「わっしょい・わっしょい」するからまた可愛い。

来年のシンポジウムで再現して欲しいです。

 

実はこの交流会参加には深い思い入れがあり翌日の善光寺参拝は本当に素晴らしい結果となりました。

行ける方のみの参加でしたので数組でしたがあの4年前の事件で亡くなった「ジュノ」ちゃんの供養の為と思い、コーヒ―とミルクさんには大変ご尽力頂き多分ここに眠っているだろうと思われる水子地蔵尊に皆さんで訪れました。

善光寺の本堂手前のこじんまりとした水子寺でしたが庭の水子地蔵尊のお顔を拝見した時にぴんと来るものがありそのお地蔵さんはお父さん顔で大きな体で大きな手ですがる水子さんを抱き上げていました。

「ここにいるのかなぁ・・・」とお地蔵さんに聞いてみました。

そして本堂に上がりご供養をしたかったのですが1時からと言うことでそれに参加するとおいて来た母のショートスティのお迎えに遅れてしまうので泣く泣くそれは諦めて下手なお経で参拝だけさせて頂きました。

あとでもうすぐお盆だし旦那に施餓鬼供養を兼ねてお願いするつもりでした。

 

手を合わせて「何も出来ずにごめんね。私は忘れないよ。何かして欲しいことはない?寂しくない?」などと語りかけていました。

私は見えたり聞こえたりするタイプではないのでただ「感じる」タイプです。

その時は別に感じませんでした、多分いっぱい・・・・後からついて来るだろうなぁとは思いましたので事故などに合わないようにと内心思いました。

みんなで昼食を頂く場所に移動中にマロンケーキさんにいしんでんしんさんからのメッセージを聞いて飛びつきました。

感の強いいしんでんしんさん夫妻にはジュノが来ていたようで私の傍に来てくれていたこと、7月で4歳になりましたので成長した姿も見せたそうです。

そして自分の事を話し事件の時の様子やどうしているかなど・・・。私は聞いて欲しい事も伝えてくれて強い衝撃を受けました。

こんな小さな体で痛めつけられ無残に亡くなりどんな思いでいるか・・・

ずっと・・・そう思うとまた私には後悔の念が起きます。

本当の実母の気持ちは?考えは?どうだったのだろうと。聞いてみたいと思っていました。

私と話して子育てを頑張ると言ったあの時の気持ちは??どうして変わってしまったのか・・・などなど。

 

「ママを許してあげて欲しい。1ヵ月の時に私の生まれて来た事を喜んでくれて愛してるよ」と言ってくれたそうです。

だから母を許してと言うのです。それだけでも十分だと、殺されているのに。涙が出ます。子供が母を想うってこんな事なの。

子供でも小さいから苦しいとかないのか、純粋だから心が綺麗だから恨んだりしないようです。

それを聞いてもう色々実親に関して考えるのは辞めるようにしました。

 

私はジュノの生まれた時の写真と1ヵ月の時の写真を持っているので持参しその場にいた親達に見せました。

ジュノは私が自分を覚えていてくれた事、そして皆さんにジュノの写真を見せた事を喜んでいたそうです。

誰も親族は思い出してくれない、思いもかけていないのでしょう。

私達他人がジュノの話をしてジュノの写真を見て同じ悲しみを味わった事、ジュノの存在を知ってくれたことを喜んだのでしょう。

いつかもしジュノの魂が来たら伝えて欲しいといしんでんしんさんにお願いしました。

して欲しい事はないのか・・・・うちの旦那に供養して欲しいと言ったそうです。

やっぱりと思いました。水子さんたちとお地蔵さんの傍で寂しくはないと思いましたが何か欲しいものがあるかなと思いました。

数年前の実母さんの場合は赤いお手玉と赤飯をあげて欲しいと言われました。

一番は「供養」、お盆も近いしなぁと思いました。それしか亡くなった者への贈り物はないのです。

 

私は参拝した時に伝え忘れていたのことがありあらためて伝えて欲しいと言いました。

「私のところに早く生まれ変わっておいで。今度は長生きして幸せな人生にしてあげるからね。待ってるよ」と言いました。

多分、いつかは分かりませんがジュノはやって来ると思います。

その前に多分、そのメッセージは何らかの形で入るのではないかと楽しみにしております。

3ヵ月の短い人生で痛い思いと苦しい思いしかなく本当に可哀想な子です。

それでも母を許して欲しい・・・と願う魂の叫びです。ぜ

今度生まれ変わって私の所に来たら優しくていっぱいいっぱい愛して可愛がってもらえるようにさせたいです。

世界一の養親を推薦したいと思います。

 

それから「自分のような子を出さないで欲しい」と言うメッセージが来たそうです。

それは以前から十分感じており自分の戒めの為にも、だから多少の障害や病気の子であってもBPは受け入れる団体にしました。

自分勝手な親の思いで差別するのは絶対にやめたいです。

ご縁ってそんなもんじゃない。諦めていてもご縁があれば必ず結ばれて決まります。

子供達はそのことをちゃんと分かっています。だから生まれて来るのです。

深い深いメッセージを持ってやって来る子を拒んだりしたらいけません。

 

今回、ジュノが4歳になりあの「わっしょい」の中にいっしょにいたんじゃないかなと思いました。

ジュノの写真を見た親達にも何かしら感想があると思います。

いしんでんしんさんに写真を見せて「この子です。この顔です」と言われてこのまま成長したんだなぁと思いました。

水子さんや子供は幼くして亡くなっても成長して行くと聞きました。

この長野県の旅はあらたに私のベビー救済の考え方や活動に更に強烈な強いエネルギーをもらいました。

ジュノに会えた・・・参拝出来て本当に嬉しかった!気になっていたことが成し遂げられました。

だからベビー救済は必要なんです。無理に産んだ親が育てる事はない。命のをバトンを渡す方が全然いいに決まっています。

せっかく生まれて来た命なのですから誕生を祝えるのはその関わった親たちなのです。

 

その後、説明会があり私は面接の最後に自分のエネルギーが無くなるのが分かり、意識が遠のく感じで体が重く最後の方はよく覚えていません。幹部たちがその分、しっかりやってくれました。

帰宅後、いつものことながら説明会が終わった日の夜は体がしんどくなります。

始めて会うご夫婦の思いが深い時やそのご夫婦の少しうん???と言う外れた考えの方など色々ありますので色々ありますが強い念は受けてしまうようです。いい念ならいいですがそうではないのが普通です。体に来ると分かるので翌日、また下手やお経をあげて神仏に引き取って頂くようにしています。

でも頑固で離れない場合もありそれを知らずに過ごすとまた色々もめたり体調不良になり旦那にSOSです。

むこうもいつもそんなんばっかりなので「自分でせい!」と言われたりはしませんが「拝んでおくから」と言われます。

忙しくて忘れてしまうのでは?と思う時もあります。「あいつちゃんと拝んでくれたかな?効いてないみたい」と思うことがしばしば。

でもジュノの寺ですからあの水子地蔵尊を見た時に多分、おみやげもらうだろうな思いました。

一応「ジュノだけだよ。後の子は知らない子なのでついて来ないでね」とは念じましたが多分、いっぱいついて来たと思いました。

 

ちゃんと生みの親の思いが通じていたり供養されていたら何も起こらないのですが今回のように親のいるお墓に入れずにいくら有名でもこの小さな魂だけ離れて納めるのはどうかな。でも有名な寺だから普通じゃないからいいのか、分かりません。

私だったら自分の手元に置き(自分の入る墓)その都度、お参りしたいと思います。

でもあのお寺にいたんだ!と思うと今後長野を訪れたらまた参拝出来ます。

コヒーとミルクさん本当にありがとうございました。

いしんでんしんさんもスピリチャルな話が出来て大変嬉しく思います。

 

ただ、残念なのはよく考えあたらあの寺は善光寺の本堂ではなく手前の水子寺でした。

どうしてあそこまで来て本堂を参拝しなかったか・・・時間もなかったけど、次回は1日かけて行きたいと思います。

魂はちゃんと分かっているんですね。こちらでは見えなくてもあちらでは見えているんだ。だから嘘や隠し事は出来ないはずだ。

 

石井光太氏には隅々まで取材して頂き私の知らない実母やその家族のことなど本当によく教えて頂き感謝しています。

お陰様でジュノの参拝も出来て手を合わせられました。

ジュノの魂を感じる事が出来、命の大切さや守るべきものを実感した次第です。

2年間に渡りBPを陰で応援して下さりこの事件を公表する事でジュノの思いも少しは満たされたのかも知れません。

感謝しきれません。心より御礼申し上げます。

 

 

ここのお地蔵さんに守られているようです。

お父さん地蔵に見えます。

右目に涙が流れているように見えました。


 

 

 

 

だいぶ家らしくなりました。

お風呂場が完成し部屋の断熱材が入り、押し入れの内容を確認しました。

8月10日現在

 

 

| - | 03:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
工事順調、私は仕事いっぱいで不調、子供の高校は茨城県代表で31年ぶりに優勝〜甲子園へ

みなさん、お陰様で母子寮は順調でこのくそ暑いのに大工さんや職人さんたちは8時には来てとんてんかんしております。

8時前にパジャマ姿や短パンはいてごみ出すか・・・なんて庭に出てうろちょろしていたらトラックが入って来て大慌て!

2つのごみ袋持って猛ダッシュ0口0わらう沈隠れろ!

 

さて本当に早いです。9月いっぱいで完成させないと業者が費用を出さないといけないから必死。

私は知りません!約束したのですから・・・

 


7月25日現在

 

ドアが入りました。天窓も1つ入りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                           

                                                                               窓が入りました!(7月29日現在)

 

 

25日はドアも入り防水シートが張られましたがそれよりも大変!

この日は娘の高校が県大会決勝戦で大騒ぎ。

なんでって市内の私立高校同士で坂の上が勝つか下の高校が勝つかで我が家の家の上下のどちからかに決まるからです。

娘の高校はここしばらく甲子園からはほど遠その間に監督も何人も変わりましたが勝てず毎回のように常総学院に優勝旗を持って行かれました。

しかも昨年は初戦敗退で監督も相当厳しく辛い1年だったそうです。

それが2年後県大会優勝で甲子園に行くのですから天地はひっくり返ります!

1年生の時に娘は初めて学校の応援で初戦見学に行き「あんな出来たばかりの高校に負けてんだよ」と帰って来て文句を言ってましたが今年は雨の為、1日順延し野球部の積立金は1億円にもなってるのに水戸会場まで交通費2500円頂戴!

私があとで匿名で学校に電話して「1億円もあるのになぜ生徒に交通費を出させる?」と抗議してやると言いました。

全校生徒上げて応援に行っても1億はかからないでしょう。水戸なんだから。バス代ぐらい持ってよ・・・と父兄は怒ってましたむか怒り

10時スタートで1時間もしたら3対0で負けており、その後に見たら6対2になりもう負けたな!ご飯食べて行って、腹ポンポンで帰り大工さんに「6対2で負けたでしょう?」って聞いたら「13回で9対9の同点になり接戦だよ」と聞いてかぁちゃん、どっひゃ~、負けたと思いご飯食いに行ってしまった。Docomo_kao19ゆう★

 

そしてそのまま動けず私だけしばらく大工さんのラジオを聞いていたら「カ~ン」打った!「そのままホームイン、日大1点追加です!さよならまでもう少しとなるか・・・」とか言い始め見てもいないのにこぶしを固めて「頑張れよ!」と応援してました。

みんなはしら〜っとして引いてしまい事務所に行きましたが私は選手の親でもないのに大工さんのラジオにかじりつき。

でも仕事も残っていて事務所ではパソコンで確認してたりテレビでは再放送で遅れているので6対2のまま・・・スマホで「うん<1点追加で15回で勝ち取り、優秀が決定になりました」とありますよと聞いて更に驚き。

奇跡か、昨年初戦敗退で今年優勝、甲子園出場とは笑顔ピースすげえ

ノーシードからだから2校とも、疲れたと思います。しかもこの日は5時間の超ロングラン試合となりました。

 

選手の親でもないのに感動して涙が出ました。

やればできる!子供が日焼けして汗と雨でぎしょぐしょで帰り「みんな6対2で負けたと思っていた」と言ってました。

凄いね日大!お前も来年受験頑張れよと言いました。

 

この日、土浦駅は大騒ぎで相撲の大関高安関もなぜか場所が終わり後援会に挨拶で帰宅しておりあちらこちらに相撲と野球関係者らしき人たちがスマホ持ちながらだまになり土浦市内は大大ヒーバーでした。

 

| - | 23:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | 昨年の記事
工事順調、問題山積み

現在の状況です。14日に上棟式の予定!(7/16撮影)

 

書中お見舞い申し上げます。

とにかく関東は暑い、日本全国どこでも暑いでしょうが、夏に弱い私は毎日ぐうたらしたいけど朝から、毎日工務店が見に来て、業者が来てでこっちが大変です。

 

その間に子供の役員会だの母の病院だの町内の役員まで来てしまい、人の事ではない1年なのに、だから私は今年は年回り「凶」なんですよ。

14日の地鎮祭後に左耳が急に通りが悪くなり、また突発性難聴になったかと耳鼻科に飛んで行きました。

30年以上前に両方の耳の突発性難聴を患い当時は「何も出来ないので安静にしていて下さい。薬もない」と『言われて治らなかったどうしようと不安でしたが原因は多分1つ、あれしかないと思っていたので実行したら・・・やっぱり。

当時、親から無理やりお見合いを進められており嫌で嫌で断ると言って親と喧嘩になりそれが原因だと思いました。

医師から「何か心配事や不安がなかった?」と聞かれて「あります!」と答えましたがまさか見合いが原因とは言えずにいましたが、自分の人生がかかっているので必死でした。早速、自分でお断りに行き、そしたら帰りの運転ではふんふんと歌まで歌えて・・・聞こえる、すげぇ!ニコッ手と思いました。

 

でも今回は違います。

多分、長いことここまで決めるのに色々考えて来たし問題もありどう考えてもストレスと疲れだと思いました。

昔の時と違い、まだ右は問題ないので少し通りが悪い程度なので眠れるし薬も出たのでそれが何より安心しました。

薬が出ると気分も違います。「治る!」と思うじゃないですか!

ビタミン12と鼻炎と眠くなる眠剤っぽいのがありましたね。精神安定剤みたいのかな。

だんだん減らして行くとは言ってましたが、その後行ったら病院が1週間休みになっており18日に九州で大事な人に合うのでそれまでに薬をもらおうと思い、違う耳鼻科に行くと若い男性の医師で検査をしたら「低音障害ですね」と言われてあれ!

耳の中、おそうじしてくれたのか随分中迄器具を入れて風も入れて吸引して、いてててうわーん涙

 

「低音が拾いにくくなってしまい聞きずらくなっています」と言われてしばらくお薬を出しますので様子を見ましょうと言われて「う〜ん、老化ですね。加齢のせいですね」とは言われなかった。にたkyu

 

元々耳は弱かったのですがめまいは40代後半に起こしやすくなりましたが若い時ヘッドフォンを使用して音楽(Rock)を聞いていたのがまず原因、大音量にしたりその後に祟りましたね。悲しス。0口0

これからは大事にしたいと思います。

めまいはなくなったのでまだいいですが旦那はメニエルで6年苦しんでましたが少し薬が変わったのか調子がまぁまぁになった感じでした。

 

さて母子寮ですが着々と進んでいるそうです。(工務店曰く)

基礎は終わりました。明日からいよいよ柱を建て始めるそうです。

18日に上棟式・・・って基礎だけしかできていないのにこれでやるの?いくら資金がないからと言っても基礎のみで上棟式なんて聞いたことないねとスタッフと話していました。

そしたら明日から建て始めるんだそうです。簡単に今は上棟式も形だけになりましたからね。

昔は餅まいておひねりまいてお菓子や手ぬぐいまいて・・・今回は費用のかかるのは出来ません。

 

うちの問題はこれからで水回りが非常に悪いので道路より40cm土地が下がっているので大雨が降ると自宅にがばがば水が入り、過去2回、玄関の中に水が入り込んで床下浸水を起こした経験があります。

流すところがないので本当に長年この件では悩みの種でした。

今回はついでなので少し費用を出しても水が入らないようにと工務店に頼み何とかお願いして来たのですが市がなかなかOKを出してくれずああせぃ、こうせぃ言い出しておりお金をかけたら簡単ですがそうはいかない。

工務店も6回も交渉に行き、何度も計画表やら設計図やら出しに行き何とか、いくら出すかは分かりませんが少しは改善しそうです。

次にその分、母子寮より反対側の駐車場をアスファルトにしたいと言ってますが砂利の方が水を吸い取るから工務店と今平行線です。

あとで様子を見てアスファルトにしたらいいと言うのですが後で・・・後で高額になるのは困るので一緒の方がいいと私は強気です。旦那はこの工務店が気にいらないので話に入りませんし反対です。

1つ片付くと1つ問題が出て来て、凶の年でも自分の体に来ない分、違う部分に来てしまうのは仕方ないのかな。

まだこのくらいならい幸せですね。

実親のSOSも今年最強が更新しており、またかよ・・・と頭が痛い。

今の実親さんは私たちの知らない世界に入り込んでいてどんどん私たちも今までの救済では追いつかない気がします。

 

今頃になりましたが第7回真実告知のシンポジウムも大盛況でした。

想いのほか当日キャンセルがなく、かくし芸なる各ブロックの出し物も高度でしたね。

楽しんで頂けましたでしょうか。ビジタ―さん方は大喜びでした。

ちんとんしゃんさんの二胡・・・私のリクエストで上海から帰国してお披露目して下さり本当にありがとうございました。

来年もお願いします!

 

 

地鎮祭後の工事

まずは土台から、土を毎日大量に入れてコンクリートで土台を作ります。

 


 

 

 

水はけの悪い我が家なので今回は道路より高く40儖幣綸擇鯑れて

基礎を作ります。

平屋でも結構高い・・・・事務所と同じ高さになるようです。

 

 


こんなのから家が建つから不思議です。

 

 

柱にする木材はまぁまぁいいのを入れる・・・と工務店は言ってますが。

 

緊急で6月24日の搬送された妊婦さんが退院の日

ドクターヘリが到着しました。こんな田舎に・・・

| - | 17:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
地鎮祭

14日に無事に地鎮祭を終えました。

この日が会にとり最高の日だと言って雨が降ろうが解体が完了していなかろうが何があろうが絶対にこの日に実施すると言うのでその気でいました。

前日から雨模様で大変心配しました。

あの広い面積で雨でぐちょぐちょになりとてもじゃないけど長靴を履かないと拝めないだろうなと心配しました。

しかしうちにはちょうどいいサイズが合う長靴はないし朝になったら買いに行くしかないか???と考えていました。

どうにか持ちそうな雲行き、でも時々晴れ間も見えたりパラパラ来たり、どっちなんじゃないダヨネーうー

 

一番に来たのが京都の奥地から副代表のいちご組が夜行バスにて到着。お疲れさま!

次にpommierさん、そして旦那・・・

今回は極うちはだけにしました。工務店も丁度用事があると言うので代理も断りましたがこれが後に問題となりました。

皆さん、な〜んにもなくなった跡地を見て唖然!口々に「ひろ〜い!」

そうなんです。ゴミ捨てに行く時にこんなに遠かったかな?と思いながら捨てに行きます。

 

早めに拝み始まってくれないと天気も心配だし昼食の店が3時で閉店なので気が気じゃない。

スタッフと顔見ながら「まだかな?時間間に合う?」と目くばせしながら・・・

 

しかし「これじゃぁ、あかん!どこからどこまでなのか目印がない。中心も分からないと始められない」と言い出し、確かによく考えたら3年前の事務所の地鎮祭の時は四角に建てる位置をロープでくくり目印がありここに建つのかと思ったけど今回は境目の杭しか打ってない。至急、工務店に電話して・・・・会社の人を寄こしてもらい旦那が説明して事無きに終えました。

すっかり忘れていました。

それから「あれがない、こいれがない」と言い出し、始めに言えよとばかりに。

バケツ2個にひしゃく、そうだっけ?物置から慌てて探しに行き、その物置がまたこの解体でぐちゃぐちゃ、しかし目の前に3年前のままあり「俺が取るから」と、埃にまみれたバケツを塩で清めろと言うのでせっせと洗い、本人は御着替えに行き、長靴をよこせとやっぱり言い出し中心に穴を掘りここだ大事。

土地の四隅にも穴を掘り、中心に大きな穴を掘り、まずはお経をあげて参加者の名前を呼び、地鎮祭の目的を述べ、お九字を切り喝を入れました。この瞬間がいつもずんと胸に来ます。喝を入れる時の声が話す声とも拝む声とも違う。さすが心・真が入っているというか力強さが伝わります。

 

拝んでる最中、3年前に事務所を建てて今こうして母子寮の再建をしている自分がいる事、ぽけっとを立ち上げるまでの様々な出来事、苦労が蘇ります。あの時、今こうして拝んでいるこの人の言葉にどれだけ救われたか。

どん底にいた私に命綱を与えてくれた気がしました。

「今度の会は男を入れろ。日本はまだ男社会だから一人でいいから男をスタッフに入れた方がいい」と言うのを信じていちご組の父にお願いしました。だからどうしても一度、旦那に合わせたいと思っていました。

やっと実現しました。

前会から数えたら10年以上、ぽけっとからは7年かかりました。

来た早々に面会してもらい挨拶をかわし「ええ人が入ってくれたな。良かったな」と。

あの人、この人と色々話しても本人が会っていないからいまいちだろうなと思いました。

 

pommierさんにはずっと私の膝の治療をお願いしていて今回旦那のメニエルの施術でお願いしたのに「鍼はなぁ・・」あの長いのを見て「あんたが俺の分までやってもらい」と逃げられた!

ツボだけ教えてもらい、こんな弱点があったのかこの人には、私は鍼よりお灸の方が痛い。悲鳴を上げつつそれが鍼の悲鳴だと居眠りして聞えており「やらずに良かった」と思ったようです。弱虫!!

鍼は何とか我慢出来ますがお灸のあのチリチリするのが痛い!でも良くなるなら私はやりたいと思います。

 

最後に四隅にバケツに入れたお札や五穀米を混ぜ混ぜしてみんなで穴にひしゃくで汲んで入れました。

会の繁栄と土地の清めと結界を張ったのです。

ここからぽけっとの母子寮としてスタートするのに土地神様にご挨拶とお願いをしたわけです。

いっぱい拝んでいる中に神様や仏様の名前らしきものが聞こえて来ました。

きっとこの先、色々起こるでしょうが神仏がお守り下さると思います。

約1時間ほどで無事に終了し、みんなで遅い昼食に行きました。

そこでは旦那も調子が良かったのか生ビールお代わりして飲んでいました。

副代表がいたので男性1人じゃないから話もしやすかったでしょう。

参加者の心にどのように映ったか・・・記念になったかな。

 

始まりました!


       事務所の前の四隅にも・・・

 

 

無事に終了。記念写真!(pommierさん撮影)

 

| - | 02:09 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
未だに違いのある行政

本日10日に母子寮は全棟解体が完了しました。

3時には終了しており見事に一面土の広場となりました。

14日が地鎮祭なのでそれまでは何もありません。

15日よりコンクリートで土台を作る作業に入るそうです。

 

新しい建物が完成するまで後ろの家具付きのアパートを1部屋借りました。

このような状況でも移動する実親さんが後を絶ちません。

京都にはすでに2人行ってますので今回は手続きと病院探しの為に茨城に来て頂きました。

これでこちらも2人、やはり母子寮の必要性を強く感じます。

 

ある未受診で母子手帳のない相談者が来て共にスタッフが保健センターに相談に行くと始めは母子手帳とお祝いセットを持参しましたが相談者が未受診だと分かると一気に全部引き上げたそうです。

母子手帳も「妊娠証明書がないと発行できない」と言うし病院も3軒紹介されて1軒は出産を辞めており次は男性不妊専門の病院でどうにもならないし、そもそも相談に来ていて「あれもダメ、これもダメ」と聞くこと何でもダメで最後は全部自分がそこまでにしたんだからという感じに言われてしまい急がないと生まれてしまう状態の妊婦の相談なのに何も助けてもらえる手だてがない。

結局、また自分たちで考えて当たるしかない、これが現状です。

実親は「きっと怒られる」と思うのでどうしても勇気を出して一歩が出ない、だから更に時間が経過するの悪循環。

BPでは誰かがこういう場合付き添うようにしています。

そして「一緒に叱られてあげるから」となだめて相談に向かいます。

大事なのは母子の命ですから叱られるなんて言ってる場合じゃない、一刻も早く受診させないと手遅れになります。

 

結局、この場合、妊娠証明書もないので母子手帳も発行してもらえず妊婦券もなく実親に病院に連絡させてもどこもダメでしたが出産を辞めている病院から検査と診察だけなら受け付けると言う連絡をもらいその後、無事に検査と診察が出来ました。

少し高めの費用になるそうですがそんな事言っていられない。診て頂けるだけでも嬉しい。

32週までは受診して下さり紹介状も書いて下さる、若い先生でスタッフが丁寧に説明して養子縁組までの話をしたら今後も同じような患者がいたら受診させて下さる約束をして下さいました。

妊婦のその後の検診も承諾して下さりあの保健センターで見捨てられましたがここで救われました。

正に捨てる神あれば拾う神ありです。

その後、その母子手帳をもらいに妊娠証明書持参で行くとろくに見ないでスタッフが「妊娠証明書がないと母子手帳が発行出来ないとは厚労省は通達していない」と言うと「決まりは決まりだから」と言ったそうです。

そこの決まりだろうと言いたい。

つっこんで話したせいか翌日低姿勢になり「妊婦券を出すので病院で証明書を貰ってくれば診察代が戻ってくる」とか言ったそうですが一旦支払いが終わり、全部事情を医師に伝えた上で同意して下さったので今さらそういう回りくどい事はしないと言ったそうです。

 

ここまでメディアが入っていたので後で「あれを放送されたらまずい」と思ったのか「何かお手伝いできることはないか」と聞いて来たそうです。

今更何もない・・・ならばなぜあの時に優しく対応してくれなかったのかと言いたい。

こういうケースの妊婦には非常にハードルの高い相談となります。

言い分は行政にもあるのは分かっていますがここまで来てしまったのですからそれを言っても始まらない。この先をどうするかを聞いて欲しい。

私も行政と話していて「あれもダメ、これもダメで何も出来ないじゃないですか。何か1つぐらい助けてもらえないですか」と声を荒げた時が何度あるか。

行政は言いたい事もあるので捕まえるとこの時ばかりとやんやん言って来て違う話になり長時間を一人で対戦しなくてはならない時などとても妊婦一人じゃ無理だったなと思います。だから二度と来なくなる。未受診、自宅出産!いら

 

そうかと思えば一緒に病院に行ってくれたり先に予約してくれたり、母子手帳も先に発行してくれたり真逆の対応をして下さる行政もあります。

同じことをするのにこうも違う。こういうのは統一して欲しいですよね。

未受診や特定妊婦にも対応内容を変えるように指示されているはずですが相変わらず厳しく冷たい対応で都内でも大きく温度差があり大変困ります。

しかしこうして見捨てられても拾って下さりその後つながる活動になるのでやはりめげずにやり通し1つ1つ丁寧に手を差し伸べることが大事ですね。

そしてそこから自分達の学びとなり知恵となり力と最後には実績・実力につながって行きます。

 

BPには他の団体で断られた実親達が多く相談に来られますがよその団体よりより貧困で問題も多くこちらが泣きたいぐらいの状態もありますがそういう困ったちゃんだからこそ神様はBPに送り込むのかな?と思いました。

幹部に「こうして来るのはうちに親がいるからですよ。誰かが手を上げてくれる。誰かのご縁の子なんですよ!」と言われたことがあります。断るのは簡単ですがそれで行き場のなくなる子供が出るのは問題です。

幹部のその言葉は「ご縁!」と言う二文字につながるのです。

味方を作る意味でも来た相談に真摯に取り組むBPでありたいですね。

 

6月10日、全棟解体終了しました。

なんと広いお庭なんでしょう。

道路からうちが丸見えでぼろ隠しがない

予定より早めに終わったと思います。

お天気にも恵まれまずは第1段階突破です。

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母子寮解体・・・中継

6月7日


外構を外されて丸裸状態。


怖いぐらいにがらんどう。

 

水かけて埃が出ないように・・・

 

左側3棟からどかんどかんとたたき始めてあっというまにぺしゃんこ

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 


ガブッ!つかんで離さないぞ!

 

 

 


 

お見事!詰め所がぺしゃんこになりました!

 

 

 

6月8日

今日は昼から小雨が降りだし早めに昼からスタート。

残りの3棟も4時過ぎには完了しました。

6棟全部解体しました。

明日コンクリートを粉砕するのに運び出すそうです。


 

 

 

 

 

 


あ〜あ 壊れちゃった!

 


悲しいほどがらんとしました。

行きかう人が立ち止まり見学して行きます。

時々散歩の犬もしっぽ振ってふ〜ん、なんにもない!

 

 


 

なんにもなくなっちゃた!!

ひろ〜いなぁうち。

入り口から家まで随分遠いなぁ

 


こ〜んな感じかな、予想図は。

イメージ的には。

| - | 19:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
永い間、ありがとう!

本日5日、長きに渡り会の母子寮の解体作業が始まりました。

6棟あるので(使用したのは3棟)1週間はかかるそうです。

今朝まで後片付けはかかりました。

電気の傘や座椅子が押し入れに残されたりカーテン留めなど細かいのが少し、出来るだけ何も残さないように自分で処分しました。

粗大ごみも何度も軽トラで運びました。

やはりスタッフと2人では限界があります。次回、完成してまた荷物を搬入する時には男性陣にお手伝い願い1日か2日で完了したいと思います。

 

4月からぼちぼち始めて5月の連休まで本当に家を建てるまでの荷物の引っ越しや処分はえらいこっちゃ!うー

母子寮だから少ないかと思いきや結構ありました。エアコンも3機使えるというので外して倉庫に保管しました。重かったよ。

お父ちゃんたち、その時は頼んだよ!!

 

さて6月2日に旦那が来て土地神様に永い歴史に感謝の意を述べ拝んでくれました。

その後お清めを1軒づつ外でしてから中で座ってまた拝んでお清めしてと1時間以上かけて滞りなくやってくれました。

「一人で勝手にやるから」と言うのですがスタッフとウロウロしながら見てました。熱いので汗がにじみます。

特に3軒母子寮に使った家は声高らかにお経をあげていました。

通る人が立ち止まり「この人何やってんの外で??」と言う感じで。(;´・ω・)

父が40年以上前に建てて最後の13年間母子寮として私が使わせてもらいましたがここからどれだけ多くの実母が救われ子供が誕生して新しい親元へと巣立って行ったことか、考えると次々思い出されました。

頭を悩ます問題を抱えた実親や緊急手術で呼ばれて駆けつけた事や難産で時間がかかり病院を何度も往復した事や中学生の出産などやはり気苦労のケースやこれからどうしたらいいものかと悩んだことなど、院長に実親が問題を起こし叱られて悔しく帰った事などを思い出していました。

まぁ色々ありましたわ。

 

よく・・・長くぽけっとまで支えてくれたなぁ・・・共にここの土地神様に感謝しました。

大量のお清めの塩と酒1升をまいて1時間以上に渡る勤行が終わりました。

遅い昼食をスタッフと3人で食べて、旦那にベビー救済で起きた事件や私が腹に据えかねた案件など聞かせてやりました。

今度の法案で「民間団体に助成金は政府は出す気はない」と分かった事や事務局も母子寮も私は自腹で建てる事になりどこからもその助成金は出ないしやはり法案で経済的援助はない・・・何ら今までと変わりはないと説明したら怒っていました。

だからポケットはこれからも貧乏な団体だと言うのは変わりません。

でも事務局も母子寮もあるからいいでしょう!

3年間に2軒も家を建てるとは・・・後どうしようです(´;ω;`)ウゥゥ

 

今日は母子寮の6棟の瓦を取り払い壁を破壊し中はがらんどうになりましたが哀れな姿となりました。

明日は周りのトタン類をはがして見るも無残な姿に変身し重機が入りますので明日から本格的に解体開始です。

記録としても今後時々お見せしたいと思います。

 

道路に向かって拝んでるのかなぁ・・・

土地に向かってまんべんなく

一人せっせとお経あげていました

 


 

 

 

 

何だかこうなると戦時中の建物みたいで哀れです!

| - | 21:20 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
ぼちぼちでんなぁ!

18日、京都の協力病院でまた一人赤ちゃんが退院しました。

赤ちゃんだけ6日間、黄疸が出た為、入院しており18日の退院となりました。

6月の母子寮解体とシンポジウムの準備とダブルで忙しいので退院と引き渡しが同じ日となりました。

朝、6時過ぎの電車で東京駅に向かいました。

平日なので山手線の通勤ラッシュとはぶつかりたくなかったので早めに出ました。

この日はスタッフも他の会議に出てもらうので私一人でした。

 

新幹線も9時代なのに混んでおり、京都駅もタクシー乗り場にながい行列が出来ておりだいぶ待ちました。

運転手さんが「今日は修学旅行がぎょうさん来てますよ」と言ってました。うーいら

 

この日は今年のドラママザーズの脚本の参考の為、中京テレビのプロデュ―サーも同席したいと言われて2人で待ち合わせて行きました。

病院では広い個室で話をさせて下さり実親さんも先に来ており、4圓靴太らなかったという驚異的な体形でハツラツと話してくれました。

1年前に友人が当会に相談したけど結局産んで乳児院に入れたままホストにはまってしまったそうです。

その友人はその後、赤ちゃんの面会にも行かないそうです。

だからこの実親さんはそういうふうにはしたくないと沢山のHPを見てBPに決めて下さったそうです。

BPに決めたのは情報が多い事と掲示板や子供の写真がいっぱいあり幸せそうなのが理解出来たからだそうです。

そして張ってあるリンクもよくご覧になっていましたね。

せんとちゃんのブログは「家近いやん」と思ったそうですよ。隣の駅かなと、だから尚更親近感が感じられたのかも知れませんね。

しっかりした実親さんでした。

 

京都の区役所も何回も同じ病院で誕生して一発転入の手続きなので慣れて来ており、ただ、先方に送るのに特別養子縁組だと分かる書類があれば助かると言うので承諾書のコピーを渡しております。

1時過ぎているのにガラガラでまぁ楽でした。

無事に完了して一足先に実親さんは親が迎えに来ると言うのでお別れしてプロデュ―サ−と私を先生が珍しく都合がついたとお迎えに来て下さり3人で先生の予約したレストランで洋食を頂きました。

変わったレストランで頂いたお食事もおいしかったです。

いつも病院と京都駅の往復ですが京都はどこに行ってもお寺や神社があり行くだけで体が清められる気がします。

そこでプロデューサ−と先生と私の女3人で養子縁組の話や実親の話をじっくりしました。

そして先生から「私は特別養子縁組を公にして話してますがやはり医者であっても助産師であっても看護師であってもみんな賛成しているかというとそうでもない。だから時間をかけて話して行くしかないと思うのよね。でもメディアで代表が出てくれているのを見たり迎えた養親の様子が見えるとやっぱり子供は幸せにならないといないと思うの。私も2年あまりであるけどこうしてBPと関わり本当に養子縁組は素晴らしいと感じるもの。応援したいわよ。こうして実親さんを連れて来てくれるしいい育て親さんを見つけてくれるんだから」と話して下さいました。

 

医者の中でも「人身売買じゃないの」という方もいるそうです。

京都の病院で「先生、特別養子縁組してるんだってね。今度教えてね」と言われることもあるそうです。

「医者でも色々だから、年配の医者はまず理解してくれないわね。私もこうして毎年養子縁組の子供や親も見させてもらいその背景も普通に産む親とは異なる事を学ばせてもらっています。ありがたいことだしこれを私も医者や看護師・助産師に伝えて行かないといけないと思うのよ。どれだけできるか分からないけど頑張るからね」と逞しい言葉を聞いたのです。

だんだん、ぼちぼちかな、でも確実に増えていると思いますよとも話しておりました。

そうですね、天下のNHKも養子縁組の番組を朝から放送していたり多くの民放も取り上げていますから。

京都で病院がこうしてできて本当にありがたいです。母子寮的な対応もして下さり助かります。

大西先生との出会いはいなべの川村先生の紹介ですが先生から私の話を聞いて会報かな写真を見てこんな人かなと思っていたそうですが初めて面会したら全然感じが違ってバイタリティがあって「この人なら一緒にやれるわ」と思ったそうです。笑

じゃぁ、面会しなかったらどんな代表だと思っていたのかしらね、何もしない口だけのどうしようもない感じかな。笑

 

中京のプロデュサーは「私はメディア側としてドラマで養子縁組を応援出来たらと思います。ぽけっとの活動と全く同じには出来ないけど少しでも見る人が養子縁組を理解しぽけっとが幸せな気分になり特別養子縁組が特別じゃないと思われるようになってくれればいいなと思っています。私も応援しますからね」と。

そういう話をしながら女3人でこれからもそれぞれの立場でぽけっとを応援して一緒に子供の幸せの為に協力し合いながら頑張りましょう!と誓い合いました。

 

中京テレビとの出会いも今の私にとりまして言葉に言えないご支援を賜り「マザー」という固有名詞はぽけっとのもう一つの肩書きでありかけがえのない合言葉となりました。

関係者との連携も気があうからこそ信頼関係も結ばれて互いに認め合い助け合いしながら共に歩んでいます。

ドキュメンタリーではグランプリも頂き「マザー」という名前はぽけっとの為にあるのではというところまで来た感じがします。

その名前に恥じないように更に謙虚に活動しなければなりません。

本当に毎年沢山の出会いがあり皆さんにいいエキスを頂き成長している気がします。

関わるお一人お一人に心から感謝致します。

私こそ初心忘するべからずでいつでも基本を忘れないでなんにでも感謝しながら進まないといけないなと思います。

 

追記で、先日クリニーング店で定員さんに「あのテレビに出てましたよね?赤ちゃんの養子縁組で。なかなかお客さんがいて声をかけらえないでいましたが・・・凄いなぁと感激しました。自分は4人子供がいるけど産めない人もこういう方法で子供を育てる事が出来るんだから私はなんて幸せ者なのかなと。大変なお仕事をされている方がこんな近くにいるなんてと思いまして・・・」とまぁ嬉しい声が聞こえました。

誰も他にお客さんがいないので数分ですが話してみました。目がキラキラしてこの人は心が綺麗だなぁと思いました。

「何も知らないで何も出来ないし・・・」と言うので「放送を見て頂きこうして話して下さり知って頂くために私もメディア協力しているわけだしあなたのように感じて下さる方が一人でも増えればそれは効果があったと言う事です」と言いました。

地元では目立たないのでいいですがやはり少しづつでも浸透しているんだなぁと思いました。

私も親族でも前からこういう活動をしていると話しても「人身売買じゃいかと思っていた」とか何にも反応がなかったのに数年が経過したら大騒ぎして「NHKで見た」とか「地元のタウン誌に出てた」と」朝からメールがどんどん入り???

近くにいてもこんなもんですよ。

私も吹聴しないし人をみて「この人は話しても無理かな」と思うと言う気がなくなるので、今では急に話が広まりお葬式などで合うと「テレビを見たけど凄い事してんだね!」とあちこちから言われます。今更かい?と言いたいけど「応援して下さい」と言います。

 

マザーズのドラマも母の実家に1枚置いて来たら凄い旅に出てしまい今やそのDVDはどこまでもどもまでも私の知らない所にまで行ってしまったそうです。笑

別に私が出ている訳じゃないのに、どういう話になっているのかが問題ですこうなると。ちゃんと私の話したように伝わっているのかなと心配。

その後、何でもない親族たちも急に寄って来て優しくなりました。

人間ってなんて単純で面白いんだろうと。

話し方まで違って来て、だから一歩間違うとこれが逆に回るから怖いなぁと思います。

みんな「大変なんでしょう?」と聞くので「はい!大変です。責任は重いしやることもいっぱいあるし資金もないしでもやるしかないんですよ。」と言うと「なにか出来る事はない?」と言うので「はいあります。カンパを下さい」と言うと「カンパン?(乾パン)あれでいいの?」駄目だこりゃ。。。何でもいいから養親縁組を悪く言わないで欲しいです。

 

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51635

新潮45の・・・道玄坂事件が記事になりました。

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5月は子供の月間

恐怖の5月に突入しました!

シンポジウムの内容も決まりつつあります。

どんどん忙しくなります本部はggあつい

そして5月5日は子供の日であり私の誕生日○○歳になりますDocomo_kao18ゆう★泣

全然嬉しくない毎年来るこの誕生日!!

若い時は嬉しかったけどこうも年を取るともう忘れたい誕生日を・・・

しかも今年の誕生なんか娘の友達が彼氏にプレゼントするので連休だけバイトさせてやってくれないか?と頼まれて。

人を雇うほど裕福な団体ではないのですが数日ならばいいかとOKしました。

そう簡単に連休だけバイトは無理でしょう。

 

しかしその子だけ使う訳には行かず娘に「あんたも一緒に働いて、友達は時給○○○円でいいかな、高校生だから相場だよ。でもあんたは無給ね」と言いました。

仕方ないと言う感じであいつは手抜きをすると思います。

しかも3・4・5日だけで3日の昼から4日夕方まで私は出張で留守なのでやることを教えて行くしかない。

二人で遊び感覚で2日間いるだろうなと思うとお金払うのもなんだかなぁ。

みっちりやってもらおうじゃないか、しかし仲良しの友達だしそうもいかない。

まぁ、母子寮の解体前の荷物整理をしてもらう予定なんですが。

1軒任せて2日でどこまでやれるか、すでに私とスタッフで大よそは片づけてたいした荷物はないはずだけど。

5日には軽トラを私が借りて来て本家の物置に保管に行く予定です。

家具もあるので若い2人に手伝ってもらいます。

 

青年よ汗を流せよ・・・少しは親の苦労も分かるかな???無理か!

だから5月5日の誕生日は私自ら軽トラ運転して荷物整理と運搬で終わる予定です。

何ともパッとしない5月5日です。

 

母子寮も2軒は実親がまだ滞在しているので5月末に再度片づけないといけないのです。

予定では6月中に解体予定で6棟全部解体します。

半分は母子寮…平屋建て、残り半分は駐車場になります。

水回りがうちはよくないので今回は少し業者が苦肉の策を練って完成すると私の母屋が更に見栄えが悪くなりますがそれで水回りが改善されるのであれば仕方ないかなと思います。

道路より40cmうちが低くなっているので雨水がみんな入って来てしまい長年これで悩まされていました。

父が建てたので文句は言えないのですが当時はそこまで酷くなかったので何とかしのいでは来ましたが年々低くなり我が家は大雨が降ると大騒ぎです。

業者と設計士が考えた苦肉の策は・・・もうこれしかないとは言いますが何だか道路側から見たら奥の我が家が変に見えます。

それを直すとなると母屋を立て替えるしかないのでもう私は無理!

娘に「あんたが母屋は好きなようにやるんだよ」と言ったら「どうやって?」「自分で働いて銀行からお金借りてローンで立て替えるしかないね」と言いました。「いらない!」と言われました泣きうむむ

 

3年間に家2軒です。いくらたいしたことないと言っても事務所と母子寮ですからねない袖振っても何も出ない。

鶴の恩返しのように機織りながら1万円札が1枚づつ抜けて行き、最後はローストチキンのように丸裸になります私。

でも決断しました。「どうしてもやるのか?決めたのか?」と昨年旦那に言われて、今しかないかと思いました。

そしたら9年に一度の大凶みたいで私。不安になりしつこいほど確認したら「ぽけっとの申請が6月なので今年でも来年でもいいよ」と言われました。

彼もあれこれ考えてくれて「5月の解体だけは辞めてや」と言われました。私の誕生月だからでしょう。私も解体されたらそれこそ大変です。

 

解体日が決定したら1週間ほど前に土地の神様に「今までありがとうございました」とお礼を言って作法をするそうです。

そして解体したら地鎮祭で「これから新しく建てますのでよろしくお願いします」とまたお願いするそうです。

「まっ、しっかりやれや」と言いました。

何かあれば旦那のせいに出来ますちゅんプッ

その時々でどこにも神様はいると言うことで土地の神様、水の神様、火の神様・・・いっぱい。

何でもよろしくお願いします!!

時々、様子をお知らせしたいと思います。

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