3月2日、2000年ベビーとして誕生した娘が高校を無事に卒業しました。

大学受験では呑気な娘でひやひやしましたがまぁ私の第一希望の通える範囲を重視したような結果になり都内の入り口近郊で無事に看護大に合格しました。

第1目標には届きませんでしたが「どこでもいいから早く決まって欲しい」と親は思いますね。

 

第1希望が面接と学科でやはり予想以上に難しかったと話していました。特に英語が。

面接もありこの面接が試験管2人で多分看護部長クラスの人でしょう、一人は厳しい感じで怖かったそうですが資料の親の内容を見て「お母さんはどんなお仕事をされていますか?」と聞いて来たので「来た!来た!」と思い、力が入ったそうです。

「社会福祉事業で産んでも育てられない女性の・・・・特別養子縁組事業をしています!」といつも聞いてる言葉から始まり大げさに体験談まで話したら一人が座り直して聞いていたそうです。態度が柔らかくなりこんなに違うのかと思ったそうです。

質問もされてこれは得意分野ですから回答も早い。最後に「お母さんにお仕事頑張って下さいね」とお伝え下さいと言われたそうです。でも落とされたわけです。まぁ子供の実力が足りなかったのでしょう。

 

第1希望が駄目だったのでさすがに次は力が入り、また面接で同じような質問があり面接官は一人でしたが「子供の特別養子縁組事業をしている」というと目が輝き、色々聞かれたそうですがこれまた専門分野ですから「出産に立ち会い、いい経験を積みました」とか言っちゃって廊下で産声を聞いただけなのに・・・笑ってしまいます。

「お母様は素晴らしいお仕事をされていますね。これからも頑張って下さいとお伝え下さい」とここでも言われたそうです。

結果、見事合格。これってさ私がいたから合格出来たんじゃねぇ?と言ったら「それもあるかもしれないけど私も頑張ったもの」とぷんぷんしてました。

 

娘の大学受験でもまさか「特別養子縁組やベビー救済」が効果を上げるとは。

今や社会現象の1つなんですよこれは。広まっていると言う事ですね。凄く嬉しいニュースでした。

改めて娘も私の活動に興味と関心が増したと思います。その当初は「親の仕事のお陰かな?」とか言ってましたがもう忘れてますね。

しかし影響は何らか出て来ると思います。いい影響に向くといいのですが。

 

今年は699名の卒業生で半分が皆勤賞や精勤賞(3年間で皆勤は無欠席・後のは4日欠席)という真面目な生徒が多いと学長が話していました。平均に穏やかな生徒たちで大きな問題もなく県内一の多勢卒業生となったそうです。

甲子園も2年連続で36年ぶりとかで出場したしね。凄い事です!

私ら父兄は「699名でいくらもうけたのかな?」と下世話な考えでひそひそ。

3月昨日と今日で授業料払った事になるけど金返せ!だよね。2日しか行ってないのにもう。

 

3年1組でしたがとてもよくまとまっており2年間担任が変わらず優しい男性の先生でうちの娘では心配されたと思います。

後で聞いたら毎日のように保健室に行き保健の先生に娘の話をしていたそうです。

合格通知は心配で一緒に見る約束が先生の所に行ったらすでに合格の発表を見ていてコピーしてあったそうです。気になったのでしょうね。

「浪人覚悟ですか?」と三者面談で一度聞かれた事がありましたがとんでもないと言いました。

どんなに合格して安心されたことか。

また担任は昨年の24時間もご覧になっており感動したと言ってたそうで行くたびにうちのHPを開けて質問されたそうです。

保健の先生もご覧になり二人でうちの活動が「凄い事してるんだなぁ」と話していたそうです。

先生もお子さんに恵まれなかったらお力になりますよ・・・と言いたい。

なので本日、卒業式後の謝恩会を焼く肉屋で全員参加でやるそうですが事前に花束を奥様にと置いて来ました。おまけに会のDVDやドラマのDVDも。宣伝と啓蒙です。

 

最後のホームルームで「私は日大の卒業生で仕事を教師にしましたが何度か3年生を見送り、こうして欠員がなく全員卒業できたのも修学旅行に全員が行けたのも初めです。世の中には皆さんのような事がしたくても出来ない生徒もいると言う事、親がいつも傍で応援してくれているからです。これを忘れないで欲しい」と話されたのが心に残りました。

せっかく入学しても退学したり経済的理由で修学旅行に行けなかったりみんな同じではない事、どうしようもない事情もあると言う事を学んだのではないでしょうか。

 

このクラスにはムードメーカーがおり彼がクラスを引っ張り、特に娘を入れた男女9名が仲が良くまとめてくれ全員でいいクラスになって行ったようです。虐めも悪口もなくチビでどんくさい娘でも可愛がってもらい本当に幸せだったと思いました。

最後に一人づつ前に出て「このクラスで良かった」「楽しかった」「いつまでも忘れない」「また会おう」とか涙が出ました!

1年生の時は幼さもありましたが3年生ともなると青年らしくなり、うちの子は142cmとチビですが「まなち」という呼び名でみんなから呼ばれていました。

小さい小学生・小さい中学生・小さい高校生・そして今度は小さい大学生になりますが夢は大きく、この日本の社会に飛び出す日迄最後の大学4年間がそこまで来ています。

3歳になり「あたし、看護師さんになる!」といきなり言い出し、そこから18歳迄一度も違う道を考えた事がないようです。

 

娘は2000年ベビーとして18年前にこの世に誕生して縁あって私の所にやって来ました。

始めは「何でもしたい事をしたらいい」「元気で育てばそれだけでいい」なんて言ってましたが成績が下がればがみがみ言うし、いう事聞かないとぶうぶう怒るし私も普通の母親で何ら偉くもへったくれもない。

しかしこの子供が生まれてくれたから、この子が来てくれたから、全てはこの子からそしてこの子を生んでくれた事から、親として私を選んでくれたから・・・この全てのご縁に感謝せずにはいられません。

 

進む道も決まり、運転免許も1ヵ月もかからず取り、今はマクドナルドのアルバイトに楽しみながら通ってお小遣い稼ぎして卒業式の翌日に髪を染めて、そのうちピアスして・・・とやりたい放題にお金を使いたくてバイトを始めて3日目、フライドポテトを揚げてやけどしても楽しいと喜んでいます。

このマックには友達も一緒に3人で入り、これからそれぞれの夢を追いながらこれからの人生を歩むことになります。

母であり親であり、18年間の道のりはベビー救済も入り親も母も忘れて活動しなければならない時もあり、家ではいい母でも親でもなくほったらかしでいつも母にお願いして来た18年間でもありました。

それでも母と思い親と思い不満もあるでしょうが着いて来てくれる我が子に感謝です。

高校卒業という大きな節目を迎えて更に大海原に4月から突入していく娘に更なる時間とお金を投資すると思うと健康が第一と思わざる負えません。笑

 

この春、娘の願いである自分が生まれる前に自分が(胎児の時)いたであろう場所を見たいと言う事で長崎県にルーツ探しに親子で行く計画を立てています。今回は妊娠中に実親が住んでいた場所、実親との再会はどうなるか分かりませんが生まれた場所を見たいと言うので行くつもりです。生まれた病院は何度も行ってますが、生みの母といた場所を見たいそうです。

それを知ってこの子が変わるかどうか、何も変わらないと思いますが本人が久しぶりにルーツを口に出したので叶えてやろうと思います。

 

我が子が授からず悩んでいた時、まさかあの決断で子供との出会いがあり、そこから「ベビー救済をしたい」という気持ちからこの活動はスタートしました。

力もお金も資格もない私が幹部たちの協力で1年ごと力がつき団体としても知らないうちに大きくなり9年目で400人をゆうに超すベビーたちがぽけっとに飛び込んで来ました。

色々な事をいう人もいるでしょうが自分達はただただ、困っている母子の救済がしたい、産まれて来る小さな命を何とか助けたいと言うただ、その1点だけです。

その気持ちは今も変わらずこの先未来永劫変わらないと思います。

ですから子供が授からないご夫婦でもこの特別養子縁組で親子になれる、子育てが出来る事を1日でも早く知って欲しい。

不妊治療もいいですが決断が遅れて最後の希望まで失わない事を肝に命じて治療して下さいと言いたい。

 

また小さな命を産んでぽけっとに託してくれた実親たち、また今こうして会のHPを訪問して下さる方々、どうか命だけは大切にして下さい。産んでくれたのですからご自分の命や体も大事にして下さい。

将来、立ち直って子供に再会できるまでご自分の命を粗末にしないで下さい。

私達はあなたを忘れない!関わった者はあなたを忘れない。だから寂しい時は後ろを振り向いて話して下さい。

たった一人逝く道はあまりにも悲しいし寂しい。

この時期、この季節、心の病を患っている方がなんと多い事か、会に縁があったか方にはこういう逝き方は選んで欲しくない。

なにが出来るかどうすればいいか、やってみないと分かりませんがあなたの子供が1日ごと成長していることを忘れないで欲しい。

いつか「会いたい」と言うかも知れない事を覚えていてほしい。

私のささやかな願いです。

 

お雛まつりに行きました。

昨日卒業した小さい高校生です。

さすがにお雛様よりは大きい。

カラーリングしてます。こいつメ!

 


 

肉眼で見ると凄く綺麗です